頼られるのが嬉しい人ほど、休み方を先に決めておかないと危ない。そんな体験談です。
支援につながって、やっと呼吸が戻り始めた
入院するほど追い込まれるなんて、当時の私は想像していませんでした。
就労移行に通い始めた頃の私は、むしろ「やっと助かった」と感じていたからです。
手帳をもらっても、誰に何を相談すればいいのか分からなかった私が、求職サイトで就労移行支援を見つけて通い始めた。
そこから少しずつ、支援が“点”じゃなくて“線”になっていきました。
通所を始めて間もなく、私は相談支援専門員さんを紹介してもらいました。
手続きのこと、生活のこと、今の自分の状態のこと。
頭の中でぐちゃぐちゃになっていたものを、「一緒に整理していいんだ」と思えたのが大きかったです。
私に必要だったのは、いきなり就職に向けて頑張ることよりも先に、安心して生活を立て直すための土台でした。
“困っているのに、うまく言葉にできない”状態でも、話を聞いてもらえて、必要な支援につながっていく。
その流れの中で私は、少しずつ呼吸が深くなっていく感じがしました。
そして、その延長線上で、もうひとつ大きな出会いにつながります。
私の生活を支える存在が増えたことで、心の重さがふっと軽くなる瞬間がありました。
次は、その話です。
私が訪問看護で救われたのは、専門的な支援だけじゃなくて——**「呼ばれ方」**でした。

訪問看護で「下の名前で呼ばれた」ことが、私をほどいた
相談支援専門員さんにつながり、少しずつ支援が整っていく中で、私は訪問看護にもつながりました。
その会社の「精神の不調に寄り添います」という言葉は、当時の私にとってお守りみたいなものでした。
スタッフさんは年代が近い人が多くて、話し方や距離感がちょうどいい。
そして何より嬉しかったのは、私のことを苗字ではなく、下の名前で呼んでくれたことです。
呼び方ひとつで「私はここで、ちゃんと人として扱われてる」と感じられて、安心がじわっと広がっていきました。
当時の私は生活が崩れていて、眠れない日が続いたり、外に出ることが怖くなったりしていました。
気合いで立て直せるものじゃないのに、「頑張らなきゃ」だけが先に立って余計に苦しくなる。
そんなときに、状態を責めずに見てくれて、「今はこれでいいですよ」と言ってもらえたことが支えになりました。
少しずつ睡眠が戻り、外に出られる日が増えていく。
「前の自分に戻る」じゃなくて、「今の自分でやり直せる」感覚が育っていきました。
私にとって訪問看護は、心のコンディションを整える安全基地みたいな存在でした。
でも同時に、体はもうサインを出していました。
安心が増えたのに、私は“できる自分”を取り戻そうとしていました。
就労移行に通い出してから胃の痛みが続き、夜中に救急病院に駆け込むことも何度もあって、食事がとれない日が続き、体重も10キロほど減りました。
その後、受診先を変えて「機能性ディスペプシア(FD)」と分かり、対応が整ってから症状は大きく改善しました。
ただ、今でもストレスがかかったり頑張りすぎたりすると、FDの症状が出ることがあります。
だから私はこれを「厄介な体質」ではなく、休むためのサインとして受け取るようにしています。
頼られるほど、頑張れるほど——だからこそ、休む設計が必要になるんだと思います。
でも当時の私は、そのサインを「休む合図」だと受け取れなくて、つい無理を重ねてしまいました。

回復途中の私に起きた、落とし穴
でも当時の私は、そのサインを「休む合図」だと受け取れなくて、つい無理を重ねてしまいました。
私はもともと、頼りにされるのが好きで、何に対しても「できる側」でいたいタイプです。
元気な頃の自分なら、多少忙しくても乗り越えられていた。だから回復途中の自分にも、同じ基準を当てはめようとしてしまいました。
そんな時に、外部のイベントに参加することになり、事業所の物販準備が一気に忙しくなりました。
普段から作っていた商品の梱包資材(パッケージ)づくりは、できる人とできない人が分かれる作業で、私は比較的うまく作れていた方でした。
その分、「イベントに間に合わせるために、たくさんお願いできる?」と声がかかって、大量の制作を任されることになりました。
それだけでも十分なのに、私は自分の趣味で作っていた作品も出品することになっていて、準備はさらに増えていきました。
当日も売り子を任されて、「大丈夫?」と聞かれても、「平気です」と笑って答えていました。
本当は、平気じゃなかったのに。
イベントが終わったあと、私は肺炎になって、2週間入院しました。
頭の中では「頑張った反動かな」くらいに思っていたけれど、体はもっと前から限界を知らせていたんだと思います。
胃の不調も、眠れない夜も、息切れする日も。
いろんなサインが積み重なっていたのに、私は“役に立ちたい気持ち”で押し切ってしまいました。
この出来事で、私ははっきり分かりました。
「できる」と「やっていい」は別なんだって。
頼られるのは嬉しい。任されるのもありがたい。
でも回復途中の私は、頑張るほどに回復から遠ざかってしまう時期だったんです。
だから今は、頼まれた瞬間に即答しないようにしています。
「一回持ち帰って考えます」
これを言えるだけで、体も心も守れることがあるからです。
そしてもうひとつ。
“頑張る予定”より先に、“休む予定”を入れる。
頼られるほど、頑張れるほど——だからこそ、休む設計が必要になる。
これは、私が体で覚えたことでした。

頑張りすぎないための「休む設計」3つ
私みたいに「頼られると頑張ってしまう」タイプほど、気合いよりも“仕組み”が必要だと思っています。
ここからは、私が今意識している「休む設計」を3つにまとめます。
① その場で即答しない(ワンクッション置く)
頼まれた瞬間に「できます」と言わない。
いったん言葉を挟むだけで、無理を抱え込みにくくなります。
たとえば、こんな一言で十分でした。
- 「一回持ち帰って考えます」
- 「今日の体調を見て、あとで返事します」
- 「今の私にできる範囲でなら手伝えます」
“断る”より前に、“調整する”という選択肢を持つ感じです。
② 同時進行をしない(役割を重ねすぎない)
準備もある、提出もある、当日対応もある。
こうやって役割が重なるほど、回復途中の体には負担が跳ね上がります。
私は今、ルールを決めています。
- 大きな役割は「どれか1つ」
- 仕事と予定が重なる時は、趣味や人付き合いは控えめにする
- “頑張る用事”がある週は、別の用事を入れない
全部やろうとしないことが、結果的に長く続けられる道でした。
③ 体のサインを「判断基準」にする(気持ちより優先)
私の場合、ストレスや頑張りすぎが続くと、FDの症状が出ることがあります。
だからこそ、症状を「邪魔なもの」じゃなくて、休むためのサインとして扱うようにしました。
たとえば、
- 胃が痛い/眠れない/食べられない
- 息が浅い/疲れが抜けない
こういうサインが出たら、予定を減らす合図にします。
サインが出た日は、“予定を1つ減らす”を最小ルールにします。
“頑張れるかどうか”じゃなくて、**“今の自分を守れるかどうか”**で決める。
それが私にとっての「休む設計」です。
まとめ
就労移行支援につながり、訪問看護で支えられて、私は少しずつ呼吸を取り戻していきました。
でも回復途中の私は、頼られるほどに頑張りすぎてしまい、体が止まるところまで行ってしまいました。
だから今は、こう思っています。
頼られるほど、休む設計が必要になる。
頑張るために休むんじゃなくて、生きていくために休む。
その順番を間違えないようにしたいです。
次回予告
次の記事では、就労移行支援に「救われた部分」があった一方で、少しずつ感じるようになった違和感について書きます。
支援の“良し悪し”ではなく、自分に合う場所を選ぶ視点として、私の体験から整理していくつもりです。


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