就労移行支援は「救急箱」だった。でも卒業後が不安になった

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就労移行支援に通い始めた頃の私は、「やっと助かった」と思っていました。

生活が崩れ、気持ちも体も追いつかなくなっていた時期に、支援という“手当て”があったからです。

ただ、落ち着いてくると別の不安が出てきました。

「就労移行支援を卒業したあと、私はちゃんと生活できるの?」

救われた気持ちと同時に、卒業後の現実を考えるようになり、少しずつ違和感が育っていきました。

この記事では、支援の“良し悪し”を語りたいわけではありません。

**「自分に合う場所を選ぶための視点」**として、私が感じた違和感を整理します。

就労移行支援に通って感じた違和感①:2年で卒業、卒業後に何が残る?

就労移行支援は利用期間の目安があり、多くの人が「2年」を意識します(例外はあります)。

この「期限」が現実になったとき、私は焦りました。

2年は意外と短いです。

通い始めは環境に慣れるだけで精一杯で、「できることを増やす以前に、通うことが挑戦」になることもあります。

ようやく慣れてきた頃には1年近く経っていて、迷っているうちに半年が過ぎる。そんな感覚でした。

そして頭に浮かぶのは、卒業後の問いです。

  • 就職できる?
  • どんな仕事が合う?
  • 何時間働ける?
  • 生活費はどうする?

“通っている間”は支えがあるのに、“その先”が見えないと、安心より不安が勝ってしまう。

これが私の最初の違和感でした。

違和感②:体調を崩して気づいた「元気だった頃と同じ働き方はできない」

私は「頼られるのが嬉しい」タイプで、頼まれるとつい頑張ってしまいます。

就労移行支援でも、イベント準備や担当を引き受けることが重なった時期がありました。

結果として私は頑張りすぎ、肺炎で2週間入院しました。

そこで気づいたのは、これです。

「できる」と「やっていい」は別だった。

気持ちだけで走ると、体がついてこなくなる。

この経験から、私は“現実的な基準”で考えるようになりました。

  • 社会に出たら、何時間なら働ける?
  • どんな仕事内容なら続けられる?
  • 体調の波がある前提で、生活をどう組み立てる?

就労移行支援での訓練や経験が悪いわけではなく、自分の体力の前提が変わっていることに気づいたのが大きかったです。

違和感③:卒業後「月に数日で2万円弱」では生活できない

私が通っていた事業所では、卒業後に「事業所の会社に就職(という形で席を置く)」人も多く、

月に数日出勤して2万円弱のお給料をもらうケースがありました。

この形が合う人もいます。

ただ私は、そこで現実にぶつかりました。

**「2万円じゃ、生きていけない」**と。

ここで大事なのは、“誰かが悪い”という話ではなく、

**「自分の暮らしを守れる選択か?」**という視点です。

就労移行支援に通っていると、「今できること」や「安心できる形」を優先しがちです。

でも生活は続いていきます。卒業後も毎日は続く。

だからこそ私は、「合う/合わない」を考えるときに、収入・生活・継続の視点を外さないほうがいいと思いました。

まとめ:就労移行支援は「良い/悪い」ではなく「合う/合わない」で選ぶと楽になる

就労移行支援は、私にとって“救急箱”でした。

苦しい時期に、呼吸を取り戻すきっかけをくれた場所です。

でも救急箱は「ずっと住む家」ではありません。

救われたからこそ、卒業後の生活を考えるようになり、違和感が出てきた。

だから私は、支援を良い/悪いで判断するのをやめました。

代わりに、こう考えるようにしました。

「自分に合う場所かどうか」

「卒業後に困らない選択になっているか」

どこでもいいわけじゃない。

自分の未来に必要なものが得られる場所を選ぶことが大事だと思います。

次の記事の予告

次の記事では、就労移行支援だけでなく、就労継続支援A型・B型なども含めて、

「支援の違い」と「選ぶときの視点」を体験ベースで整理します。

支援の正解探しではなく、自分の暮らしを守るための選び方として書く予定です。

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